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日産車体株式会社

基本情報

読み
にっさんしゃたい
上場区分
プライム市場
本社所在地
神奈川県平塚市堤町2番1号(湘南工場第2地区)
設立
1949年4月1日
業種
自動車メーカー
資本金
79億400万円
売上高
3505億800万円(2025年3月期)
従業員数
3,842名(連結)

事業内容・特徴

事業概要

日産車体は、日産自動車の連結子会社として、商用車や特装車の開発・製造を手がける自動車メーカー。「キャラバン」「パラメディック」などの商用車、「NV350キャラバン」などの乗用車を生産している。商用車に特化することで、高い技術力と生産効率を実現し、日産グループの重要な生産拠点としての役割を担っている。

業界での立ち位置

日産自動車グループの中核企業として、商用車・特装車の開発製造に特化している。国内の商用車市場において、トヨタ自動車系のトヨタ車体と並ぶ存在感を持ち、救急車や福祉車両などの特装車では高いシェアを誇る。

強み

1. 商用車や特装車という専門分野に特化することで、高度な技術とノウハウを蓄積している。 2. 救急車「パラメディック」や福祉車両など、社会インフラを支える車両の開発・製造で高い評価を得ている。 3. 日産自動車との密接な連携により、最新技術の導入や共同開発がスムーズに行える体制を持っている。 4. 湘南工場という立地を活かし、効率的な生産体制と物流網を構築している。

主なサービス・製品

商用車:NV350キャラバン、キャラバンマイクロバス、アトラス 特装車:パラメディック(救急車)、福祉車両、キャンピングカーベース車 受託生産:日産ブランドの一部車両の生産

沿革

日産車体の歴史は1949年、「民生ヂーゼル工業株式会社」として設立されたことから始まる。戦後復興期、トラックやバスといった商用車の需要が急増する中、日産自動車の商用車部門を分離独立させる形で誕生した。 1950年代から1960年代にかけて、高度経済成長期の日本では物流や建設の需要が爆発的に増加し、トラックやバスの需要も急拡大した。民生ヂーゼルは、日産自動車との協力関係のもと、商用車の生産台数を着実に伸ばしていった。 1960年、社名を「日産ヂーゼル工業株式会社」に変更。この頃から、大型トラックやバスの生産に本格的に乗り出し、商用車メーカーとしての地位を確立していった。 1974年には、日産自動車が日産ヂーゼル工業の経営に本格参入。資本関係を強化し、日産グループの商用車部門としての役割を明確にした。 1987年、大きな転機を迎えた。日産ヂーゼル工業から「日産車体株式会社」へと社名変更し、事業内容も大型商用車から小型商用車・乗用車へとシフトしたのだ。この変革は、日産自動車の戦略転換に伴うもので、大型トラック事業はボルボグループに売却され、日産車体は小型商用車と乗用車の生産に特化することになった。 1990年代以降は、「キャラバン」を中心とした商用車のモデルチェンジを重ね、市場でのシェアを維持してきた。また、救急車「パラメディック」は、全国の消防本部で採用される定番モデルとして高い信頼を獲得している。 2004年には、日産自動車が日産車体を完全子会社化。より密接な連携体制のもと、開発から生産までの効率化を図った。 2010年代に入ると、電気自動車(EV)や自動運転技術など、自動車業界は大きな変革期を迎えた。日産車体も、e-NV200という電気商用車の生産を担当するなど、次世代技術への対応を進めている。 商用車という地味だが社会に不可欠な分野で、堅実に技術を磨き続けてきた日産車体。その存在は、日本の物流と救急医療を支える縁の下の力持ちそのものだ。

主なグループ会社・関連会社

日産車体九州株式会社:九州地区での車両生産 オートワークス京都株式会社:特装車の架装 日産車体エンジニアリング株式会社:設計・開発支援

最近の動向

EV商用車開発:電気商用車の開発を強化し、環境対応車両のラインナップを拡充している。 救急車の進化:最新医療機器に対応した救急車「パラメディック」の新モデルを投入している。 生産効率化:IoTやAIを活用したスマートファクトリー化を進め、生産性向上を図っている。

働く人のデータ

平均年齢
41.6歳
平均勤続年数
16.4年
平均年間給与
751万円

この企業を一言で表すと

日産グループの中核企業として商用車・特装車の開発製造に特化し、社会インフラを支える車両を提供し続ける自動車メーカー。

リンク集

公式サイト:日産車体株式会社(https://www.nissan-shatai.co.jp)